自分の「想い」を
「日常生活」から切り離して、
記憶の断片を
心の奥深く
鎮めようとしても、
いつかはきっと「ふつふつ」と浮き出して、
「自分を苦しめる」時が来るから、
そうきっと「時々」
こうやって、
そういう「想い」を
一度は「忘れ去られた」
心の奥底から攫って、
その想いのキラキラと光った剝き出しの断片を
「眺める」ことも
必要なんだな・・って
想った・・
2014年1月10日
「剝き出し」の断片は
いつかまたきっと
私の目の前に「甦って」くるから・・
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